しばらくお休みしていた「大朝を学ぶシリーズ❶吉川氏と大朝」⑥の再開です。以前の⑤までと合わせて読んでいただければ幸いです。
吉川氏は1221年の承久の乱の武功で大朝の地頭職になったもののほぼ90年間は大朝を確実に領地としていたかはよくわかっていません。それが1313年、突然のように大朝を本拠地にするために、吉川経高は一族郎党揃って大朝に移住します。その理由は、研究者によってもさまざまですが、鎌倉幕府の弱体化と合わせて本拠地の駿河大朝荘と遠く離れた播磨の福井庄、安芸国大朝荘を維持することは難しい事もあって、兄弟で分割相続し、経高が大朝を相続したものと思われます。経高の大朝吉川家のみが後の室町時代や戦国時代を生き抜き吉川家の本家のような位置づけとなっています。その大朝吉川氏もしばらくは安定せず、大朝で厳しい時代を過ごしたようです。
今回は、大朝にきてから安定するまでの章です。



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