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全国に地蔵堂や辻堂は数々ある。珍しくもなんともない。その中に各地に「茶堂」「堂さん」「憩い堂」「休み堂」などと呼ばれるお堂群がある。四国土佐や伊予の茶堂文化、周防のお堂文化などがあるが、それ以上に圧倒的な数がありながら調査さえ満足にされていなくて、その価値や背景も忘れ去られようとしている福山市から三次市に至る「安芸・備後のお堂文化」。ほぼ隣りといっていいくらいの距離しか離れていないにもかかわらず、私のふる里の北広島町や大朝には、その文化は無い。三次市の南部地域を通る度になんだろうといつも思っていた。数年前からこの地域の地域資源発掘事業に関わるようになって、その存在がはっきりと分かり、ごく一部では貴重なものであることに気づき、調査や保存に努力している人達がいることも分かってきたが、科学的に調査研究している人は、特に三次地区ではほとんど皆無であった。一部のお堂は旧市町の文化財に指定されたものもあるが古い資料も乏しく、文化財に詳しい人に聞いてもなかなか全貌が見えない。文化庁の文化財データには、保存すべき文化財として掲載されているのみである。
もしかしたら貴重な地域資源かも知れないと調査を始めてみると、三次市の南部4町(三和町・三良坂町・吉舎町・甲奴町)の各地から出るは出るはで、その数が現地確認したものだけでも100を超えた。町中に立派に再建されているもの、倉庫代わりに物が山積みになっているもの、管理する人もなく朽ちるのを待つかのようなお堂。資料が乏しく、詳しいお年寄りも少なくなり、お堂の名前はもちろん、所在場所すら地元の人さえわからないものもあった。数年かけて調べたものの、南部4町で、古い町の資料に記載されているものの中で、30~40のお堂が未調査で終っていた。(下記写真は既に記録したお堂の一部) 今年、大成建設から助成金を頂き、今月から南部4町の現認できていないお堂の調査に入った。特に三次市の甲奴町北部の山の険しい地域に未確認のお堂が多く、早朝から暗くなる直前まで一つひとつ資料と照らし合わせながら調べていったのだが、昔と道が大きく変わり、また、江戸時代の間道そばや山の中の分岐点、古い墓所などにあることも多く、一か所見つけるのもなかなかの作業。地元の人に聞いても知っている人は本当に一握りで、知っている人を探すだけでも一苦労。全く所在をつかめないものも何ヶ所もあった。今では誰も行くことがない道をヤブこぎしながらたどり着いたり、斜面をよじ登ら無ければならない場所も。そうして1日目は15所を調べ、11か所のお堂を確認。緯度経度を計り、写真と一緒に記録した。今は携帯の位置情報機能で簡単に場所を特定でき、そのまま国土地理院の地図やGoogleマップに落としてデータとして記録するのである。今年から来年にかけて、推定100か所近くのお堂を調査し、調査済みのものとあわせて約200のお堂を貴重な三次市の地域資源としてデータ化する予定である。まだ先は長いが一つひとつ調査して行こうと思う。(下の写真は、今回記録した甲奴町内のお堂、山の竹やぶの中で朽ち果てそうなお堂や大切に守られているお堂などさまざま) 今までに調査し、記録したものはこちらのGoogleマップでご覧いただけます。(未確認のお堂の推定地も含まれています)三次・田縁通りのお堂 水のふる里・大朝」のウェブアルバムはこちらから ブログ「水のふる里・ウェブアルバム」 繭clubのネットショップはこちらからどうぞ。 繭clubショップ 兄弟ブログ「繭ノクラフト」も見てください。 ブログ「繭のクラフト」
by mizunohurusato
| 2013-11-05 15:03
| まちづくり
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