人気ブログランキング | 話題のタグを見る

原子力に代わる、新エネルギーはないのか?

東北地方太平洋沖地震による福島原発の大惨事後、世論の原発離れを察してか、原発必要論がにわかに活発になっている。いくら原発が必要といっても、過去の原発政策のいかがわしさを感じていた国民は、今回の福島原発惨事を体験した以上、もう二度とごめんだと感じている。今回惨事だけでなく、過去のごまかしの上に成り立っていた原発政策や安全安全と言うばかりで、その根拠や科学的裏づけのあやふやさ、危険を指摘する声を無視し続けてきた時の政府や電力会社の姿勢を完全に疑っているのである。信頼は地に落ちたのである。作られた安全神話がいかにもろいものであったかを白日の元に晒したのである。さらに、首都圏がいかに田舎に頼りながらも、首都圏こそが日本を引っ張っているとのおごりに田舎は完全に怒っている。首都圏に原発の一基もないことを当然のように言う東京都幹部。首都圏に原発を作ればと言う意見を「暴論」とまで言うとは、どういう神経をしているのであろうか。田舎ならいくら被害者が出てもいいというのか。何万人の被災者と何百万人の被災者では、確かに数の上では大きく差があるが、人間の命は田舎の一人でも、東京の一人でも同じである。被災者一人ひとりは、どちらであっても同じであり、あなたがたまたま田舎に住んでいるか、都会に住んでいるかの違いだけなのである。
もし、人間の数ではなく、その地域の価値あるいは重要度と言うならば、安全性の論理ではなく、まずは原発の危険性を明らかにし、そのためにどこまで対処しているのかを明確に示し、とことん周辺住民が納得するまで準備するべきである。今回の惨事で、そんなことを全く考えていなかったことも明白となった。原発周辺に放射線検知器すらまともになく、防護服の準備も、避難体制も、ヨードの準備すら周辺地域に整えられていなかったと言う事実は、人の命や地域の安全を考えていなかったことの証である。政府も東電も自治体もである。そんな体質である以上、やはり危険は分かち合うべきであるし、もし政府や経済が麻痺するというならば、政府も経済の中枢も田舎に分散するべきである。リスクマネジメントから言ってもそのほうがリスクをはるかに軽減できるのである。社会の構成も、大規模化のリスクは図り知れず、小規模の集合体への発想の転換が求められるのではないだろうか。
エネルギー政策も、大規模化から小規模分散型にし出来る限りエネルギーの地産地消を進める。また、日本の総力を上げて新エネルギー開発に取り組む。これからもエネルギーは原発が欠かせないという為政者や知識人に申し上げたい。新エネルギーはエコエネルギーやーバイオマスエネルギーだけではない。「水素」「マグネシウム」「ナトリウム」での可能性と実現性は高い。日本が総力を上げて開発を進めるならば、資源がほぼ無尽蔵にあるそれらなら原発に代わる新しいエネルギーとなるであろう。
是非、国、研究者、企業、全ての英知を結集し、原発より安全で安心して暮らせる社会づくりのために、新エネルギーの開発に向けて、すみやかに総力を挙げて取り組んでいただきたいと思う。
私達国民は安心して平和に暮らしたいのだから・・・
by mizunohurusato | 2011-03-30 00:39 | 思うこと | Comments(0)

水のふる里「広島県北広島町大朝」から、生きること、生きていること、愛、平和、人間、生き物、社会、仕事、森羅万象のいろいろから感じた事。思った事をつづっていこうと思います。男&女。


by 水のふる里
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30